テーマ:投稿文

アドラーの心理学

 Eテレの「100分で名著」という番組で、アドラーの紹介をしていて、それが縁でアドラーに興味を持ち息子が持っていた『嫌われる勇気』という86万部も売れたという本を読んで、すごく感銘を受けた。ちょうど4月から週一回カウンセラーの仕事を始めたばかりで、心理学について勉強してこようとおもっていた時だったので、心にすっと入っていって納得した…
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この一年(カウンセリングで学んだこと)

 今年、学校カウンセラー資格修得研究講座を受講してカウンセリングについて勉強した。  カウンセリングの基本は、よく聴くことだと言われるが、その時に大切なのは感受性である。こころは理解するものではなく、感じるものだという。教師にとって一番大切な資質は、感受性であると再認識した。  高いところから口先や知識で説得しようとしても相手の…
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生と死、光と影

 誰だって死は嫌なもの、生の輝きに憧れる。しかし、影があってこそ光は見えてくるという真実を忘れてはいけない。死を見つめることから生の輝きが見えてくるのである。  本紙に連載中の「さよならプリズム~小さな命」を読んでいてそのことをつくづくと感じた。幼い命が難病のため親より先に天国へと旅立っていく。これほど辛いことはない。亡くなった後…
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道徳の教科化反対

 「本紙4月10日の社説を読んで意を強くした。最後にこうまとめていた。「道徳心は、大人が考える機会を与え、子ども自身が探り当てるべきものにちがいない。それぞれの心を点数化していく発想は、子どもに対して不遜である。」成績を上げたい生徒は、本音を隠して、建前の価値観を示すようになるだろうと警鐘を鳴らしている。  道徳心は、失敗したり悩…
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だます人よりだまされる人がいい

 相変わらず振り込め詐欺が横行している。人をだましてお金を儲けるという事件が後を絶たない。だまされる人も悪いのだと思っている人も多いのではないかと思う。  私の親父が口癖のように言っていた言葉を思い出す。「俺は、人にだまされたことはなんどもあるけれど、人をだましたことがないのが自慢だ」この言葉の重さを今実感している。 私自身、何…
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教育こそ実践の問題

  9月25日付けの本紙を読んでいて、教育の本質に関わる記事が2つ掲載されていた。  まず論壇の養老孟司氏の文章の中で「教育こそ実践の問題であって、議論は補助的」という一文が目にとまった。理屈ばかりこねて実践しない子より、黙々と実践を重ねる子の方がいい。常に他人のせいにする子より、自分を反省し自分から行動しようとする子がいい。子ど…
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かけがえのないもの

神奈川新聞【自由の声】投稿文  その人でなければどうしても駄目なもの。その物でなければどうしても駄目なもの。つまり、代わりでは駄目でリセットできないものが、かけがえのないものである。  今の世の中、親が子どもを殺したり、子どもが親を殺したり、信じられない事件が起きているが、その背景はかけがえのないものの喪失ではないかと思った…
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親のネグレクトとヨイトマケの唄

神奈川新聞「自由の声」投稿文  【本紙社説の横須賀の児相開設についての記事の中で、親のネグレクトについてふれていた。未成熟な親が増えていると危惧しているが、確かに自分本位な親が増えていると思う。親がパチンコをしている間に、車の中で熱射病で幼児が死んでいたとか、自分の子どもを虐待して逮捕されたとか、信じられないような事件がおきている。 …
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歩けるって幸せ

【投稿文】  左膝が痛くて歩くことも正座することもままならなくなったことがあった。そんな時に『歩いて治すひざの痛み』という本に出会った。読んでいて目からうろこの発見があった。  動物は本来「動いて、食べて、生きる」という生活が本質であり、動くことが生命の源である。膝が痛いからといって動かないでいたら、ますます廃用性で膝が悪くなる。 …
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仕事に誇りを持とう

【東京新聞・発言】投稿文  耐震強度偽装問題で疑心暗鬼になっているマンションの住人が多いことと思う。この事件に限らず、嘘をついたり人をだましたりという報道が非常に多くなったような気がする。  NHKの朝の連ドラを毎日楽しみに見ている。そこに登場する人たちの職業は様々であるが、共通していることは、仕事に誇りを持ち自分の仕事が人を幸せに…
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それでも時代は回る

【神奈川新聞・自由の声】投稿文  最重度の障害児が在籍する養護学校の宿命かまた子どもが一人亡くなった。訃報を聞くたびにいつも思い出す場面がある。  私の娘も重度の障害児で8歳で亡くなったが、亡くなった朝、病院の窓から仕事に急ぐ人々の歩く姿が見えた。自分はこんなに悲しくて特別な時間を過ごしているのに、世の中の人はいつもと変わらず日常の…
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この一年 ブログに始まりブログに終わる

【神奈川新聞 自由の声】この一年 投稿文   流行語大賞に「ブログ」がノミネートされていたが、この一年はブログに始まりブログに終わるというのが私の印象であった。書いたものはプリントアウトしてファイルに綴じているが、この一年で90くらいブログに掲載した。ブログはまさに日記なので、人によっては毎日更新している人も多い。私の場合新聞投稿の感…
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あたりまえ こんな幸せなこと

【神奈川新聞自由の声 投稿文】  『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』をドラマを見た後読み返した。若くして癌で亡くなった医師がわが子に残した手記の中には時代を超えた人間の真実がたくさんある。  とくに、あたりまえなことがどんなに尊く幸せなことかという一文にはっとした。失ってみて初めて分るのが人間の性なんだろう。私たちがあたりまえにやって…
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子どもは宝!問われるのは常に大人にある

神奈川新聞「自由の声」投稿文  【十月九日付の自由の声欄で、荒井賢司さんの「学童保育補助金削減に怒り」に同感した。  私も「おーいのりたま」の連載を読んでいて、ここにこそ教育の原点があると思っていた。荒井さんが書いている「子供たちには何の罪も無いのである」に意を同じくした。子どもは環境や教育などで変わり得る存在だということを…
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新聞投稿の反響(うつ病について)

 7/23日の「時には演じることも大切」が神奈川新聞に掲載された時には「演じて生きて」うつ病予防という題になっていた。7/29日に掲載されたら、それを読んで8/1に「うつ病を簡単に考えないで」という題で坂田純さん(38)の文章が掲載された。その中で「うつ病のつらさは、経験した者でないと分からないと思います」と書いてあった。坂田さん自身…
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時には演じることも大切

【神奈川新聞『自由の声』】投稿文   うつ病の人が増えているという。自殺者も毎年3万人を越えている。人間関係が難しい時代なんだと思う。  いい人を演じていると疲れると思っていた。素のままの自分で生きたいと思っていた。 ところがある時ふと気づいた。演じて生きる方が精神的には楽なのではないかと。演じるということは、本当の自分は他にあ…
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罪と罰

【神奈川新聞】自由の声投稿文  6月30日の丸山孝さんのデスクノート読んで共感した。「法や人目を逃れても、罪は魂を生涯責めるものなのか」と書いてあったが、法に触れなければなにをやってもいいとかばれなければどんな悪いことでもするという事件が多すぎる気がする。  人としてという視点が欠落してしまっている時代なのだろうか。一つの事件の背…
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大村はま先生に学ぶ

 4月17日に98歳で、国語教師大村はまさんが亡くなった。NHKの「こころの時代」で大村はまさんの番組を放映していたのでそれを視聴してたいへん感銘を受けた。その感動を投稿文にしてみた。  【神奈川新聞】投稿文  NHKの「こころの時代」で大村はま先生の追悼の番組をやった。見ているうちに教育の原点、本質を言い当てていることに感激と同時…
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無為自然の思想は今も生きている

【東京新聞】投稿  人類は長い間自然に合わせた生き方をしてきた。自然に対する畏れがあった。いつの間にか人間は傲慢になり、自然は変えられるもの、人間の都合に合わせられるものという自惚れを持ってしまった。そのつけが様々な環境問題として人間に返ってきた。  もっと自然に合わせた生き方をしなければならないと思う。サマータイムの問題にしても…
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まずはあいさつしてみよう

【『東京新聞』発言への投稿文】  野球観戦に行った時、偶然前の職場の同僚が前に座っていた。声をかけようかと思ったが、なにか言いそびれてしまった。後になって、なんで声をかけなかったんだろうと悔やまれた。まずはあいさつしてみるということが大切なのだと思う。  近所の人で、たびたび顔を合わせているうちに、ある日あいさつしたらあいさつを…
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幾つになっても自分は自分

【神奈川新聞「自由の声」投稿】  本紙の「ひだまり喫茶店4」に「三十代のときの自分が、五十代のときの自分が、七十代になっただけのこと」という一文が妙に心に残った。確かに実感として自分が歳をとったことを感じることは難しい。幾つになっても自分は自分。自分が変わったとは思えない。ただ、身体は正直だと思う。目が見え難くなったり、ちょっとした…
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いい加減のすすめ

 世の中とても真面目になり、すべてオープンで不正は絶対許さないという風潮になってきた。それはそれでいいことなんだろうと思うのだが、何か生きづらい気がする。  仏教評論家ひろさちや氏が「いい加減」の生き方を提唱している。もちろん「お湯加減がいい」の意味のちょうどいい加減という意味ではあるが…。真面目すぎる人は相手にも真面目さを要求する…
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失敗した時こそ得るものが大きい

 神奈川新聞の「自由の声」に掲載されていた斉藤健先生の「先生面していた自分に反省」の投稿を読んで意を同じくした。私も同様な失敗を繰り返してきた。長らく障害のある子の教育に携わっていると、いつの間にか障害のある人の気持ちを理解しているように感じていたけれど、ある時、自分の心の中に傲慢な気持ちがあることに気がついたのである。ボランティア活…
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子どもは親のものではない

自分の子どもを虐待して死なせてしまったという事件がたびたび報じられる。そのたびに、親になる資格のない者が親になったからだと思う。親になるためには、我慢することを覚えなければならないと思っている。親の思い通りにならないのが子どもだし、親の思うとおりに育てようと思うのは、親の傲慢である。ひろさちや氏が言っているように、子どもはほとけさまか…
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神奈川新聞「自由の声」への投稿

1月15日付の神奈川新聞の投稿欄「自由の声」に私の投稿文が掲載されました。【教育のあるべき姿は】という特集の中の一つとして掲載されていました。私が神奈川新聞に投稿を始めてからもう18年目になります。掲載された数はおそらく200ぐらいではないかと思います。内容としては、教育関係や人生論、テレビや本の感想、話題のニュースの感想などが多いで…
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父性の必要性

 NHK人間講座「サル学で見るヒトの未来」の中で、父親が子育てにおいて父性を発揮することの重要性についての指摘があった。  サルは子どもを産めば生物としての親になれるが、人間は子どもをもったからといって自動的に親になれるのではない。人間は親になるための努力をしなければ親になれないというのだ。また、家庭という情緒的な「私の場」から社会…
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